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r246c's room for GARY MOORE.

Gary Moore(ゲイリームーア)の大ファンです。

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中途半端な状態ではありますが、掲載しました記事にコメント等ありましたら、お気兼ねなく書き込み下さい。また、記載した情報に間違え等ある場合がありますので、購入等の際はご自分でご確認の上、自己責任でお願い致します。記載ミス等ご指摘頂ければ幸いです。それでは、宜しくお願い致します(^^)/ r246c. (Since 2011/3/1)

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2014/05:[Interview] スコット・ゴーハム

1979_ScottGM1.jpg

現在、ブラック・スター・ライダーズで来日中のスコット・ゴーハム来日直前のインタビュー記事の抜粋です。インタビュアが山崎さんということもあり、ゲイリームーアのことを沢山引き出しています。グリーディー・バスターズの話もありますので、ご興味あります方は、こちらのページをご覧ください。

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ブラック・スター・ライダーズ来日直前インタビュー/スコット・ゴーハム、シン・リジィ秘話を語る
2014年5月15日 12時4分

ゲイリー・ムーアには良い形でさよならを言えた

●シン・リジィ関連のリリースはありますか?

2015年にシン・リジィのキャリアを網羅したボックス・セットが出るんだ。みんなが愛している名曲からレア・トラック、これまで世に出たことがないパートを加えたリミックスなども収録される。何曲か収録されるデモは俺自身、もう30年以上聴いていなかったものだ。初期ヴァージョンだからあまり世界中のファンに聴かせたくなかったんだけど、「歴史的に重要ですから!」と説得されて、出すことにしたんだよ。

●2011年2月に亡くなったゲイリー・ムーアと最後に会ったのはいつですか?

ダブリンでのフィルへのトリビュート・ライヴのとき(2005年8月)だった。シン・リジィの音楽を一緒にプレイして、いろんな話をして、楽しい週末だったよ。その時はまさか彼が亡くなるとは思っていなかったけど、結果として良い形でさよならを言えたと思う。



●ゲイリーが1979年7月、シン・リジィの北米ツアー中に突然バンドを脱退したことで、フィルと一時犬猿の仲になったことは有名ですが、あなたとゲイリーの関係はどうだったのでしょうか?

ゲイリーがツアーを途中で放棄して失踪したときは、絶対に許せないと思った。彼のことはプロフェッショナルで、友人だと考えていたけど、そのどちらでもないと考えたね。それから数年後、フィルはゲイリーと仲直りして、「アウト・イン・ザ・フィールズ」(1985)で共演したけど、俺はゲイリーと顔を合わす機会がなかったし、ずっと疎遠だった。彼ら二人は十代の頃からの付き合いだからね。フィルはゲイリーの性格をよく知っていたし、そういう突拍子もないことをすることを判っていたかも知れないけど、俺にとってはショックだったよ。その後もわだかまりがあったけど、2000年頃、何かの授賞式で一緒になったんだ。それで一杯飲んで、過去のことは水に流したんだ。ゲイリーは自分がやったことが間違いだったと認めていたし、謝ってくれたよ。

羽生結弦選手がゲイリー・ムーアの「パリの散歩道」を使ってくれて嬉しい

●2014年ソチ冬季五輪フィギュアスケートで羽生結弦選手がゲイリーの「パリの散歩道」を使ったことはご存じですか?

うん、テレビで見たよ。凄く嬉しかった。羽生選手も素晴らしかった。彼のパフォーマンスは曲のムードと完璧に合っていたよ。オリンピックを見ている世界中の人々が「パリの散歩道」を知ったのと逆に、音楽ファンがフィギュアスケートに興味を抱くきっかけにもなったんじゃないかな?フィギュアスケートやスノーボードの選手は生命の危険を冒して競技をやっているし、本当に凄いよ。その最高峰の選手が「パリの散歩道」を使ったというのは、俺もゲイリーを誇りに思う。



●「パリの散歩道」の1979年のミュージック・ビデオでは、あなたも付けヒゲをしてアコーデオンを弾いていますが、そのときのことは覚えていますか?

あまり覚えていないなあ…当時まだミュージック・ビデオは新しいものだったし、みんな変なことをやっていたよ。あるビデオで、俺が女の子を抱きかかえて、紙で出来たカーテンを後ろから破って登場するというシーンを撮影するとき、女の子を抱えたままひっくり返ったことがあった。みんなが笑いを堪えているし、気まずくてしょうがなかったよ。監督は無表情で「はい、もう1回」って言ってるし(苦笑)。あれはもう忘れたい。「アリバイ」のビデオだったかな?(注:おそらく「ウィズ・ラヴ」ビデオだが、該当シーンは収録されていない)



●「サラ」のビデオも面白かったですね。

そうだね。あのビデオにはフィルだけが出るはずで、俺は関係ないと安心していたんだ。そうしたらフィルに「スコット、お前も来いよ!」と言われた。フィルの娘のサラが徐々に成長していくというビデオで、いろんな年齢の子役モデルが出演して、最後に大人になったサラの役で俺が登場するというものだったよ。1980年代になって、MTVのおかげでミュージック・ビデオは飛躍的に進化したけど、シン・リジィはその頃には解散していた。恩恵を被ることが出来なかったんだ。



●イギリスの人気TV番組『オールド・グレイ・ホイッスル・テスト』に1979年1月、ライヴ出演したときのことは覚えていますか?

もちろん!ゲイリーのアルバム『バック・オン・ザ・ストリーツ』のプロモーションだったんだ。ゲイリー、フィル、コージー・パウエル、ドン・エイリーと俺で、2曲をプレイした。この番組では、基本的にライヴ一発撮りを録画して放映するんだけど、俺たちはどうしてもファースト・テイクを気に入らなくてね。司会者のボブ・ハリスを取り囲んで、「もう1回撮影しろ!」って脅迫したんだ(笑)。ボブは最初は「一発録りがルールだ!」と主張したけど、結局折れて、もう1回やらせてくれた。【オールド・グレイ・ホイッスル・テスト】で2テイク撮ったのは、俺たちぐらいなものだよ!



●当時レインボーのメンバーだったコージー・パウエル、ドン・エイリーとの共演は珍しいですね。

コージーとはこの時、始めて会ったんだ。スピード狂のカーマニアだと聞いていたから、とんでもない乱暴者なんじゃないかと思ってびびっていた。実際に会ってみると、すごく親しみやすい人だったよ。でも、強力な個性を持った人間でありドラマーだと思った。後に彼はゲイリーのバンドに入ったけど、すぐ辞めたと聞いて、すごく納得がいったよ。2人ともお互いに譲らないタイプだからね。ドン・エイリーはゲイリーがシン・リジィに入る前にやっていた、コロシアムIIのメンバーだったんだ。それでシン・リジィの『ブラック・ローズ』のリハーサルをしている時にもスタジオにしょっちゅう顔を出していた。「サラ」でキーボードを弾く可能性もあったんだ。結局実現しなかったけどね。彼は今、ディープ・パープルでやっていて、再結成リジィと一緒にツアーしたこともある。世界最高のロック・キーボード奏者で、最高の人物だよ。

●シン・リジィの『ブラック・ローズ』とゲイリーの『バック・オン・ザ・ストリーツ』、そしてフィルのソロ・アルバム『ソーホー街にて』はほぼ同時進行で作られていたといいますが、そのせいでギャラの計算がいい加減で、スノーウィ・ホワイトは『ソーホー街にて』でギターを弾いたギャラをもらっていないと笑っていましたが…。

そういえば俺ももらっていない!でもソロ・アルバムのセッションはバハマで10日間のバカンスを兼ねて行ったんだ。現地での滞在費や食費はすべてフィル持ちだった。しかもスタジオなんて3回ぐらいしか行かなかった(笑)。だから文句は言えないよ。
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1979_ScottGM2.jpg
Lost Thin Lizzy Tapes (700 Songs)

「2015年にシン・リジィのキャリアを網羅したボックス・セット」は、700曲入りのテープ(15巻)が出てきたという例の幻の音源を含むのでしょう。ゲイリー参加曲もかなりありそうです。もしかしたら、1968~1969年に録音したスキッドロウ時代の音源も・・・来年、ユニバーサル・ミュージックからリリースすると思われます。2~3万円以上になりそうな・・・最悪5万円ぐらいとか・・・高すぎて買えないかもしれません(^^;)
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2013/06/03:[LP] Grinding Stone / The Gary Moore Band

1973_gstone.jpg
(注.上記は仮の画像です。)

Grinding Stone [Vinyl] /
The Gary Moore Band


Netherlands - Music On Vinyl - MOVLP798(LP) - 2013/06/03

[A]
1.Grinding Stone
2.Time To Heal
3.Sail Across The Mountain
[B]
1.The Energy Dance
2.Spirit
3.Boogie My Way Back Home

Product Description
180 gram audiophile vinyl

About the Artist
Released in 1973, 'Grinding Stone' was Gary Moore's solo debut. The music on this album could be described as experimental boogie rock, but on the album Moore explores a number of styles, from the title track's instrumental boogie rock to soulful vocals in 'Sail Across the Mountain' and 17 minutes of guitar and keyboard excursions in the surprisingly funky 'Spirit'. Often cited as an overlooked gem and totally ahead of its time, 'Grinding Stone' showcases Moore at his most experimental, mixing up styles and a taste of the triumphs that followed with his work in Colosseum II & Thin Lizzy

Catalog # : MOVLP798
Barcode : 8718469532988
Format : LP, 180 gram
Sleeve : 3mm
Releasedate : 2013-06-03
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オランダ製のようです。購入される方、詳細を教えて下さい。m(_ _;)m
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1972: The Gary Moore Blues Band 初代ベーシスト

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今日、The Gary Moore Band(1972-1973)の初代ベーシストであるサミー・クック(本名:サミュエル・ジョージ・クック)のご子息から、YouTubeの「History of Gary Moore」の動画にコメントを頂きました。お父さんは4歳の時に時に他界されてしまったそうです。動画の冒頭18秒の写真(右端)がお父さんの写真だそうで、今日初めてご覧になったそうです。これからスキャンした写真を送付して、逆にもし1972年の貴重な資料や写真等があったら見せていただこうかなと思っています。一番資料の少ない時期なので何かあると嬉しいですね。

下記は、1972年のコンサートプログラムです。
DSCF6800.jpg
DSCF6801.jpg
DSCF6802.jpg
CURVED AIR's concert program in 1972.
顔に丁度、光が射してますね。残念ながら表情がわかりません。。

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